(真っ暗闇の中。そこが、どこなのか、判別がつかない)
(一箇所のみ、光のもれている場所がある)
(一輪の、小さな花)
(わずかな光を放っているのは、その花のようだった)
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「………」 |
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「………」 |
(花の両脇に、ひとりずつ…ふたつの人影)
(リリィとアーウィン。花の姿を、ふたりはみつめていた)
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「エスティーン!」 |
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「来ました…」 |
(呼びかけるふたり)
(ふたりの声に、反応するように…花が、かすかに揺れた)
(あたりに、ふたりのものではない声が響く)
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「アーウィンと、リリィだね」 |
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「はい」 |
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「やっぱり、この花だったんだね。
光って、めだってたから…そうじゃないかと思ったんだ」 |
(花の根が、茎が、急激にかたちをかえはじめる)
(やがて、肥大化した、花のつぼみのなかから…ひとつの、顔があらわれた)
(あらわれた顔が、ふたりに呼びかける)
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「こんにちは、ふたりとも」 |
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「こんにちは」 |
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「こんにちは。…ミルは、いないの?」 |
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「まだ来ていないと思うよ」 |
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「ありゃ…そうなんだ」 |
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「さっきまで、少し眠ってはいたけれど…今日ここに来たのは、君たちふたりが最初だね」 |
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「困ったなあ…ミルがいないと始められないのに!」 |
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「…やっぱり、一緒に来ればよかったかな」 |
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「いや、大丈夫だよ」 |
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「え?」 |
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「今日ここで話すことは、君たちふたりに聞かせたいと思っていたことだからね。
あの子はいても、いなくても、どっちでもかまわない。
…待っているのも退屈だろうから、先に始めてしまうのも、いいかな」 |
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「そうなの?」 |
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「そうなのです」 |
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「エスティーンさん。…質問しても、いいですか?」 |
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「かまわないよ」 |
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「ここは、どこなんでしょう?
転送装置から来たのは、確かだけど…僕には、はじめて見る場所で」 |
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「ん。そういえば私も、はじめてだな」 |
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「そうなんだ…」 |
(アーウィン、周囲を軽く見回す)
(それを見たリリィも、きょろきょろと、あたりをうかがう)
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「ここは、私たち森の一族の…記憶の、倉庫」 |
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「『きおくのそうこ』?…そうこって、倉庫?」 |
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「その倉庫。私たちは、他の皆よりも、ずっと長く生きるからね。
持ち切れなくなった思い出や、使わなくなった知識を種子にして、うずめておくんだ」 |
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「種子…」 |
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「うずめておくから、倉庫?」 |
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「その通り。
私はこの森にいるときは、この森だし…この森は、私がいるときは、私になる。
ここに来れば、ここにうずめたものは、つぼみが開くように、思いだすことができるのさ」 |
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「どれくらいの広さがあるのかも、ちょっと、僕には分からないけど…」 |
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「はじっこが見えないもんね!」 |
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「…ちょっとずれてる気がするけど、そうだね。
この森の全部が、エスティーンさんだっていうことなんですね?」 |
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「本来は、森の一族すべてが、同じくひとつなんだよ。
…もっとも、ここは久しく、私の他の誰もが訪れてはいないようだけど」 |
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「………」 |
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「アーウィンが考えこんでる。エスティーンの言うことは、いつも難しいね」 |
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「そう。難しいのさ。
ただしそれは、君たちふたりが、まだ生まれたばかりだからなんだ」 |
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「…それだけは、よく分かります」 |
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「でも、私はアーウィンよりも、お姉さんだからね!」 |
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「…すごく、そう呼びたくない…」 |
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「そうだろうねぇ…」 |
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「なんでさ!」 |
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「どちらにも、まだあまり違いがないからだよ。
今日は、ふたりに私の知っていることをわかりやすく伝えるために、ここに呼んだんだ」 |
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「違いはあるよ!私のほうが先に生まれて、あちこち旅してるんだから」 |
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「そういう意味でならば、確かにリリィ、君がお姉さんになる。
今から見せる、いろいろなことで…アーウィンに難しいことがあったら、きちんと教えてあげるんだ」 |
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「…???」 |
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「私の伝え方では、なかなか伝わりにくいことも、あるだろうから。
そういう時は、アーウィンに分かりやすいように君が伝えてあげるといい。
それは、お姉さんの役目で、君にしかできないことじゃないかな?」 |
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「そっか。…そうだね!」 |
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「うん。…さあ。そろそろ、始めようか」 |
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「(この人は、やっぱり凄い人なんだ…)」 |
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「ふたりとも、ごらん」 |
(エスティーンを中心に、足元の草花が、光を帯びはじめる)
(ぼうっとした光の中に…かたちが、浮かび上がっていく)
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「これは…」 |
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「地図、かな?」 |
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「そう。これが、私達がいる大陸の、すがたかたち。
目で捉えやすいように、実際の姿を、そのまま小さくしてある」 |
(光の輪の中に、ときおりゆらめきつつ…ひとつの大陸のかたちが、できあがっている)
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|
「リリィはある程度、この大陸の特徴を把握できているよね。
アーウィンに、簡単でいいから説明をしてあげてくれるかな」 |
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「あれ?私がやっていいの?」 |
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「明らかに間違っていたりすれば、訂正はするけどね。
ひとまずは、好きにやってごらん」 |
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「オッケー!」 |
(リリィ、こぶしを突きあげる。そのまま、ぱたぱたと駆け出す)
(大陸の端、大小の島々が並ぶ地形。その横で、立ち止まった)
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「アーウィン!ちょっと、ここまできてみて!」 |
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「う、うん」 |
(リリィの側まで歩くアーウィン)
(リリィが、満面の笑顔で、ひとつの島を指差した)
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「ここがね、私たちがいた島だよ」 |
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「…確かに。この辺りが、町だね」 |
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「うんうん」 |
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「こうやって見てみると…ものすごく、小さな島だな」 |
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「見れば、わかるとおもうけどね。このあたりは、こんな感じの島がいっぱいあるんだよ」 |
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「こういうのを…郡島地帯って言うのかな。
見ただけだと、全部でいくつの島があるのか分からないね」 |
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「そういう呼び方も、するときがあるね」 |
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「それで、アーウィン。
この大陸はね。南側が、ほとんどぜんぶそんな感じでしょ」 |
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「うん。…だいぶ、広い範囲になるね」 |
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「こんな感じになっているところを、まとめて『教国』って呼ぶの」 |
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「きょうこく…」 |
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「教国。教えの国と書いて、教国さ」 |
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「…つまりは」 |
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「………」 |
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「人間の国の事情については、ミルが来てから、話したほうがいいだろうね。
今は、リリィの話をちゃんと聞いておこう」 |
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「…はい」 |
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「アーウィーン、ってば!」 |
(リリィの声が、離れたところから響く)
(慌てて振り返るアーウィン)
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「ちゃんときいてるー!?」 |
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「ああ…うん。ご、ごめん」 |
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「まったくもう。よくわかんないところでボーッとするんだから。
…ほら、こっち!」 |
(大陸の北側。比較的平坦な地形に、リリィが立っている)
(リリィの手招き。アーウィンが駆け寄る)
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「このあたりが、『主国』ってよばれてるところだよ」 |
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「『主国』…これは、分かるな。
行ったことはないけど、ミル達の話にも、よく出てくるからね」 |
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「うん!」 |
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「警団の本部は、ここにあるからね。
それだけでなく、さまざまなものが、この平原地帯にはある。
人間たちの生活の基盤が、ここになっているんだね」 |
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「本部の近くにも、つるつる庵があるんだよ!」 |
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「そうなんだ…」 |
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「うどんは美味しいよね」 |
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「おいしいよね!うど…」 |
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「うどんの話は、ともかくだ。
リリィ。ひとまず先に、説明を済ませてしまおう」 |
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「………ほぁ〜い」 |
(口を開けたままの返事)
(ぐわっちん…と口を閉じる、リリィ)
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「(凄い声だ…)」 |
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「アーウィン」 |
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「あ…うん」 |
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「国の、名前についてはわかった?」 |
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「北の、平原地帯が『主国』で…もうひとつは、南の郡島地帯の『教国』だね」 |
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「その通り。特徴は、理解できたみたいだね」 |
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「つまりは…この大陸は、大きく分ければ、ふたつの地域で構成されてることになるのか」 |
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「それはちがーう!」 |
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「違うの!?
…でも、そのふたつしか、話には出てきてなかったけど」 |
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「今から、最後のひとつを説明するんだよ。さきばしるなっ」 |
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「(…まさか、リリィにその台詞を言われるとは思わなかった)」 |
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「アーウィンが、不満そうな顔をしている」 |
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「!
…い、いえ……気のせいです」 |
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「まあ、そうしておこう。
それじゃあリリィ。最後のひとつの説明を、よろしくね」 |
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「はーい!」 |
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「アーウィン、ちゅうもく!」 |
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「うん。…ずいぶんと、険しい地形みたいだね」 |
(平原地帯の端から、森林が広がっている)
(その、ちょうど中央あたりに、いくつかの高い山がつらなっていた)
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「このあたりはね」 |
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「…うん」 |
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「ずうっと昔から、ほとんど人間が住んでいない場所なんだって」 |
(アーウィン、改めて山岳地帯を眺めている。リリィもそれにならう)
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「確かに、険しい場所だけど。結構大きい川も、いくつかあるな…。
何か、人間が住めない理由でもあるのかな?」 |
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「そのあたりの山は、ずっと昔、ほとんどか火山だったのさ」 |
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「火山…」 |
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「火をふく山のことだよ」 |
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「…うん。それは分かる」 |
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「そういう、立地もあってね。
この辺りには、人間以外の種族の生き物たちが、たくさん住んでいる」 |
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「ああ…なるほど。
だから、人間もここには入っていかないんですね」 |
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「そういうこと。物の怪の類も多いけど、それ以外の種族も多い。
アーストやナナの種族も、起源を辿れば、おそらくここになるだろうね」 |
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「それじゃ、エスティーンは?」 |
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「私自身が、ここの森を活動の拠点にしていたことがある。
離れて久しいけれど、たぶん、私とは違う名前の誰かが、今も住んでいるんじゃないかな」 |
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「ちがう、なまえ…?」 |
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「さっきも軽く話したけれど、森の一族は、もともとひとつ。
便宜的に名前を名乗るけれど、それ自体は、私たち自身には意味が薄いことなんだ」 |
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「ううーん…」 |
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「やっぱり、難しいです」 |
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「そうだね…。
言い替えてみれば、私の、エスティーンという名前は、あだ名のようなもの。
本当の名前とは違うけれど…周りには、そのほうが分かりやすくて、便利だということかな」 |
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「あだな!」 |
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「やっぱり、よく分からないけど…。
今の名前が「エスティーン」さんだって、そういう考え方でいいんでしょうか」 |
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「それでいい。そうお願いするよ。
少なくとも、みんなにそう呼ばれるのは、嫌じゃないからね」 |
|
「もっと可愛いあだなのほうが、いいんじゃないかなっ」 |
|
「それは、考えたことがなかったかな…」 |
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「私が考えてあげようかー!」 |
(リリィが両手を勢いよく、ふりまわしている。鼻息も、とてもあらい)
|
|
「(なるほど…。リリィも、やってみたかったんだな)」 |
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「あだ名を考えるのは、年長者の特権さ」 |
|
「ええ〜〜〜」 |
|
「それ以前に、本人が気に入るかどうかという問題もある。
…ま、考えるのは自由。提案だけは聞くよ」 |
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「………」 |
|
「じゃあ、すごくいいのを、考えるよ!」 |
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「そうしてみるといい。…考えるのは、自由だからね」 |
|
「(繰り返した…)」 |
(座りこんで、ぶつぶつと、何かを考え始めるリリィ)
(エスティーンが、アーウィンのとなりまで、もぞもぞと移動する)
|
|
「さて、ちょっと脱線したね」 |
|
「あ…はい。
山岳地帯の話でしたね」 |
|
「人間のように、国という形は取っていないけど…。
住み分けとしては、形は成立しているから
人間たちは、この辺りをひとつの国のようにあつかうときがある」 |
|
「自分たちの形に、当てはめて…ってことですよね?」 |
|
「そういうことだね。その場合は、他ふたつの国と同じように『古国』と呼ぶんだ」 |
|
「『古国』…。古い国、ですか」 |
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「うん。他には、教国の人間たちの一部が『秘国』と呼ぶことがあるね」 |
(しばしの沈黙。アーウィンが、ゆっくりを口を開く)
|
|
「…呼び方が、いくつもあるんですか?」 |
|
「今では、この呼び方は、それほど一般的ではないようだけどね。
教国の人間たちは、古くからこの呼び方を使っていたから、その名残があるんだ」 |
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「どっちも、同じ場所のことを言ってるんですよね?」 |
|
「うん。ただし、そのどちらも、人間が決めた呼び名だということは、憶えておいて欲しい」 |
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「ん…?」 |
|
「アーストやナナのように、ここから人間の国へ出てきた種族には
その種族なりの、故郷への呼び名を持っていることがあるんだ」 |
|
「あ…なるほど。エスティーンさんの場合は、森ですね」 |
(エスティーンの根元にあった、小さな花のつぼみが、すっとひらく)
(そこから、明るい光が放たれ、あたりを照らした)
|
|
「そういうことなんだ。
滅多にないことではあるけど、『古国』『秘国』という呼び方は
相手によっては、失礼な言い方になることも、あるっていうことさ」 |
|
「わかりました。…憶えておきます」 |
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「…さて」 |
|
「…はい」 |
|
「…これで、この大陸の現在のかたちについては
一通りの説明を、すませたわけだけど…」 |
|
「………」 |
(周囲を確認するように、あちこちをきょろきょろとするエスティーン)
|
|
「結局、ミルは来なかったね」 |
|
「僕も、それがちょっと気になってました…」 |
|
「まったく、どこをほっつき歩いているんだろう」 |
|
「転送装置から、ここにすぐ来られますし…迷ってるっていうわけでは、ないですよね」 |
|
「そうだね。
…どちらにしても、今日はこのくらいで切り上げたほうがいいだろう。リリィを呼びに行こうか」 |
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「はい」 |
(相変わらず、座りこんでぶつぶつ考え込んでいるリリィ)
(ふたりがそばに立って、やっと、存在に気付いたようだった)
|
|
「ありゃ?ふたりとも、どうしたの?」 |
|
「タイムリミットだよ、リリィ。…今日の解説は、もう終わり」 |
|
「えー!」 |
|
「ずいぶん長いこと考えてたみたいだけど…何か、思い浮かんだの?」 |
|
「まだなんにも…。
いざ考え出すと、しっくりくるのが、思い浮かばない…」 |
|
「まあ、それは期限なしの宿題ということにしておこう。
考えるのは自由だし、いつでもできることだからね」 |
|
「(…さりげなく、3回目を言ってるな)」 |
|
「そ〜うだね〜え…。宿に戻って、しっかりメモを取って、ぐたいてきに、やったほうが良さそう。
ミルのあだななら、ぱっと思いつくだけでも、すごい数になるんだけど」 |
|
「考えついても、口に出したら駄目だよ。…たぶん、殴られる」 |
|
「いきなりしつれいな!
…あれ?
そういえばミルは?」 |
|
「今日は、結局、無断欠席だったようだよ」 |
|
「それじゃあ、『サボリ魔』!」 |
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「あだ名から離れよう。
それより、ミルのことだけど…。
迷って着けなかったってことはないと思うから、少し心配だよ」 |
|
「ん…そうだね」 |
|
「帰って、ミルの部屋を確認してみよう」 |
|
「わかった!」 |
(勢いよく、立ち上がるリリィ)
(リリィの腰掛けていた、地面の隆起が、その勢いで、ごろりと転がった)
|
|
「ありゃ?」 |
|
「………」 |
|
「………」 |
|
「………」 |
(転がったものが、小さく呻いた)
(草と土にまみれ、地面に埋まっていたようなそれは、どうやら…人間のようだった)
|
|
「………う、ううーん……」 |
|
「ミルー!!」 |
|
「ミル!?」 |
|
「…ミルミル」 |
(土まみれのミル)
(それが、がばっと、上半身だけを地面から起こした)
|
|
「………」 |
|
「ミル!どうしたの!大丈夫!?」 |
|
「…なんだかさ。
今、すごくおなかにやさしいあだ名で呼ばれたような気がする」 |
|
「それは気のせいだね」 |
|
「そうかなあ…」 |
|
「気のせいだよ。そんなことはどうでもいいさ」 |
|
「………」 |
|
「どうしてまた、こんなところに埋まっていたのかな?」 |
|
「埋まってたんですか、私?…何か、ちょっと、記憶が飛んでる…」 |
(頭をかきむしる、ミル)
(大量の土と切れ葉が、あたりに飛び散る)
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|
「思いだしてきた…」 |
|
「ゆっくりでいいよ、ゆっくりで…」 |
|
「最初から、順に、話してごらん」 |
|
「えーと…。まずここには、転送装置で来たんです」 |
|
「うん、うん」 |
|
「来たのは、いいんですけど…。
あたりが真っ暗で、何も見えなくて」 |
|
「真っ暗だったんだ。…僕とリリィが来た時は、少しだけ明かりがあったけど…」 |
|
「それは、私が光らせておいたんだ。君たちふたりが来る、少し前にね」 |
|
「…となると、ミルは僕たちよりもここに早く来てたってことになるね」 |
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「んー、そうなんだろうね…。ほんとに、何にも見えなかったから」 |
|
「…それで、どうなったの?」 |
|
「うん。とりあえず進めば分かるかなぁと思ってさ、歩き出したんだよ」 |
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「うん…」 |
|
「それで、歩いてたら…。
いきなり、何かがすごい勢いで、ぶつかってきて」 |
|
「………」 |
|
「何がぶつかってきたのかは、分かったの?」 |
|
「いやー……全然、わかんなかった。真っ暗だったし」 |
|
「それは、しかたないよ。…ミル、ケガはしてない?」 |
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「多分ないけど、土まみれで気持ち悪い…」 |
|
「大丈夫そうではあるけど、心配だね。
宿に戻って、きちんと調べたほうがよさそうだ」 |
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「あー、あとね…。何か、肩がしびれてる。
まるで、何かにのっかられてたみたいな…微妙なしびれ」 |
|
「………」 |
|
「……それって」 |
|
「うりゃあ!」 |
(がつん、という鈍い音がひびく)
(アーウィンの顎に、リリィの頭突きが綺麗に入っていた)
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|
「いたたたたたた」 |
|
「…うぐぐ……」 |
|
「なにやってんの、あんたら…。
っていうかリリィ、今『うりゃあ』って言ってなかった?」 |
|
「いてててて、言ってないよそんなこと!
いたた、いたいたいた、傷めてると、大変だからね!早く帰ろ!」 |
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「あごが…あごが…」 |
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「この子らは……まあ、いいか。
エスティーンさん、すみません。話については、また今度に」 |
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「…気にすることはないよ。早く戻って、見てもらうといい」 |
(薄暗い森の中、エスティーンがひとり、たたずんでいる)
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「…熊か何かだと思って、全力でやってしまったけど。
ミルだったのね、あれは」 |
(背後から、枝が伸び、エスティーンの頬をぽりぽり、とかきはじめた)
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|
「過ぎたことだし、次からは気を付けるとしよう…うん」 |
|