(薄暗闇の中。ぼんやりとした光の中央に、いくつかの人影がみえる)
(中央にエスティーン。その前に、並ぶようにミル、リリィ、アーウィンが座っている)
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「さて…みんな、そろったようだね。始めても、いいかな?」 |
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「いいよー」 |
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「はい」 |
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「はい。…といいたいところですが、その前に。
前回私、不参加だったから、どのへんまで話したかを聞いておきたいです」 |
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「ん…そうだね」 |
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「最初から、ほとんど最後まで、いなかったわけだしね」 |
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「前回は、この大陸の、現在のかたちと特徴について説明をしたんだ。
アーウィン。分かったことを、話せるかな?」 |
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「はい…大丈夫です。話しますね」 |
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「おねがいするよ」 |
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「この大陸には、大きく分けて…3つの地域があります。
ひとつは南側にある郡島地帯の『教国』。もうひとつは、北側の平原地帯の『主国』。
そして、東側にある山岳地帯が『古国』と呼ばれている地域です」 |
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「うわ、すごい…完璧だよ」 |
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「完璧だねぇ」 |
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「アーウィンすごい!ぱちぱちぱち!」 |
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「ありがとう。
多分、エスティーンさんと、リリィの教え方が…
わかりやすかったんだと思う」 |
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「ぱちぱちぱちっと…。
リリィなんてさ、それを憶えるのに3年かかったんだよ」 |
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「そ、そんなに…?」 |
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「それは、かかりすぎだなぁ」 |
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「ちょおっと、めちゃくちゃいわないでよ!
そんなの、おそわる前から知ってたよ!」 |
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「そうだったっけ?…まあいいや」 |
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「よくない!」 |
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「ミル。リリィで遊ぶのは、ほどほどにしておこう。
本来は、君が進行役なんだからね」 |
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「おこられた…」 |
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「ざまをみろ!」 |
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「リリィも、言葉づかいがおげれつだよ」 |
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「おげれつ…」 |
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「(確かに、ちょっと下品だったかも…)」 |
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「さあ、ミル。きょうのお題から、はじめてくれるかな?」 |
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「はい。今日は、舞台編の後編ということで…
私が所属してる、警団についての解説をおこないます」 |
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「警団か。所属してるのは、アーストさんと、ナナさんもだったよね」 |
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「だね。扱いが少し特殊だけど
リリィも私のパートナーだから、一員ではある。
アーウィンも、今後は同じ扱いになると思うよ」 |
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「私も所属しているわけではないけど、客員として仕事に参加することが多いね」 |
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「ですね。
…そういうわけだからさ、アーウィンには少し詳しく
警団の話をしておきたいんだよね」 |
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「ん…そうだね。僕もいろいろと知っておきたい」 |
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「うんうん」 |
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「…それよりもミル」 |
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「ん?なにかな」 |
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「…おげれつって、どういう意味?」 |
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「………」 |
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「おこられたのはわかるんだけど、意味がわかんない」 |
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「(そこから、わかってなかったんだ…)」 |
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「さて、まずは警団の概要から、説明していくよ」 |
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「うん」 |
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「はーい」 |
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「基本的には、大陸で起こった事件の解決にあたる団体でね。
各地の物の怪被害とか、犯罪の抑止、鎮圧なんかを目的としてる」 |
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「大陸…」 |
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「いちばん多いのは、多分物の怪退治だよね」 |
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「そうだなぁ。私は完全に実働班だから…。
諜報部なんかだと、全然雰囲気は違うだろうね」 |
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「ミル、聞いてもいいかな?」 |
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「うん。なにかな?」 |
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「大陸すべてが、活動範囲に入ってるの?」 |
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「そうだね。手の届きにくい地域はあるけど、ほとんど全域になる」 |
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「だとしたら…国のまとまりを超えて活動してるってことだね」 |
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「!」 |
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「ふふ」 |
(ミルとエスティーン、顔を見合わせる)
(満足そうに微笑むエスティーン)
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「まさにそのとおりだよ。警団は、母体というものがない。
あくまで、さっき言ったように大陸の治安のために活動してる」 |
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「…理念は、そうだね。そんなに簡単なものではないと思うけど」 |
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「はっきり言いますね…。まあ、確かに建前です。
…リリィ」 |
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「なあに?」 |
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「ちょっと難しい話になりそうなんだけど、いいかな?」 |
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「んー…。じゃあ、ひざをおかりします」 |
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「お貸しします。…ごめんね」 |
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「いいようー」 |
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「アーウィンも。
話が、ちょっと難しくなるよ。
分からないところは遠慮なく聞いてくれていいから」 |
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「分かった。そうするよ」 |
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「うん。
…まあ、さっきも言ったようにさ。警団は基本的に、治安維持のためのみの組織ではある。
このかたちが出来上がるまでの経緯は、エスティーンさんのほうが多分詳しいかな」 |
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「そうなんだ…」 |
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「実際に、見てきているからね。…人間の、さまざまな事情があったのさ」 |
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「さまざまな事情?」 |
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「国と国の問題、だよ。
『主国』と『教国』は、明確な区切りがあるわけではないけど。
住んでいる人間は、いろいろと違っている」 |
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「この大陸に住むようになった、理由が違うってことだよ」 |
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「ん…」 |
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「難しく感じるならば、こう考えてごらん。
アーウィン、君は家を持って、そこに住んでいる」 |
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「はい…」 |
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「家には庭がある。庭には、君の育てた菜園があることにしよう」 |
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「はい」 |
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「その菜園に、君の知らない人間が
君の知らないうちに入り込んだり、土を掘り起こしたり…
育てたものをどこかへ運んでいたりしたら、どう思うかな?」 |
(うつむくアーウィン。その表情は、どこか辛そうに見える)
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「…複雑な気分になると、思います」 |
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「そうだね。そういう気分になることは、しごくまっとうなことだと思う。
人間の、国と国の問題というものは、それの規模が大きくなったものなんだ」 |
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「今の話は、そのままこの大陸の事情にもつなげられるんだよ。
菜園を育てていたのは『教国』。そこに入り込んできたのが『主国』になる」 |
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「『主国』が、後になって出来たっていうことだよね」 |
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「…『教国』は、始祖ともいえる人々がいてね」 |
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「始祖って言葉の意味は分かる?アーウィン」 |
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「ん…なんとなく、わかるよ。僕も、『教国』の内部にいたことになるわけだからね。
多分だけど…『教国』を作った人のことに、なるのかな?」 |
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「うん。それで問題ないよ」 |
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「そうだね。…もう少し、古い話をすれば。
もともと『教国』は、その始祖の人々の教えを守る人間が集まって、できあがったもの。
宗教国とでも、いいあらわせばいいのかな」 |
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「はい…それで、わかります」 |
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「ここで、良くなかったことがあったんだ」 |
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「…良くなかったこと、ですか」 |
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「さっきも言いかけたことだけれど。
始祖ともいえる人々は、ひとりではなく、たくさんいた。
そして、そのそれぞれの教えが、少しずつ違っていたのさ」 |
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「…少しずつのままだったら、良かったんでしょうけど」 |
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「その少しが、年月を経て…徐々に大きくなっていった。
それぞれの教えを守る人々が、違った教えを守る人々を、区別しはじめる。
そして、最後には争いあうようになった。どちらが正しいか、という理由でね」 |
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「その中で、北の平原地帯にできあがったまとまりが『主国』になったんだよ」 |
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「ん…なるほどね」 |
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「他の大陸から入ってきた人も、ほとんどがここに集まった。その影響もあってね。
かなり昔から、始祖の教えってものも、ほとんど口にされなくなってる」 |
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「…その間『教国』はどうなっていたの?」 |
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「長い長い、争いの最中さ。一度は、大きなまとまりができたこともあったようだけど」 |
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「そのときに台頭した始祖の一派も、今は『主国』内部に取りこまれてるよ。
『主国』はこの一派を正道派として認めているけど…
肝心の『教国』内部は、その正道派を蚊帳の外に、今も小競り合いがずっと続いてる」 |
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「………」 |
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「それに比べて『主国』のほうは、比較的落ち着いててね。
『教国』内部の争いごとの仲介に回ることがあったりもしたんだけど…」 |
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「…それが、『主国』内部の『教国』一派には、たいへん不評なんだ」 |
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「『教国』からしてみれば『主国』は別の国だから。
目的が仲介だったとしても、単に外からの侵略として見てしまう。
それはまあ、仕方がないことなんだよね」 |
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「うん」 |
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「だけど、事実として、物の怪の被害とか…
『教国』内部の小競り合いで被害を受ける人は少なからずいる」 |
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「それは、確かにそうだろうね」 |
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「そこで、どの国にも属さない…警団が設立されたってわけだよ」 |
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「…さっきも、言ったことだけれど。
警団の理念は確かに、大陸の治安維持ではあると思う」 |
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「…はい」 |
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「いくつもの、人間の意識が集まってできている、組織というものがね。
完全に、ひとつの意識に、集約されて動くということはまず、絶対にないことだ。
…私たち、森の一族には、ごくあたりまえにできることだけど」 |
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「………」 |
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「そのことは、これまでの経験から…ミルにも、よくわかっているはずだね」 |
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「うんざりするくらいに」 |
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「どういうこと…?」 |
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「ん…まあさ。警団ができるまでは、『主国』の軍隊があちこちで活動をしてたんだよ」 |
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「…そういう話だったよね」 |
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「さっきの話じゃ、はっきりとは言わなかったけどさ。
『主国』の軍隊には、『教国』を完全に併合してしまおうっていう考え方をしてる人が多いんだ」 |
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「併合…」 |
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「つまりは、完全に侵略目的ってこと」 |
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「『教国』一派の心配どおりにね」 |
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「………」 |
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「さっきエスティーンさんが言ったようにね。
警団の中にも、その理念を隠れ蓑に、侵略目的で動いてる連中がいる。
上をたどってみれば『主国』の軍隊の関係者ってことが、ほとんどだけどね」 |
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「そんなことが…」 |
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「もちろん、警団の理念をそのまま実行に移してる人たちもいる。
軍隊の連中からしてみれば、ただの障害でしかないってことになるんだけど」 |
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「…今までさんざん言ってきた、『教国』内部の争いごとだけどさ。
それと同じことが、『主国』の、私たちがいる警団の中でも、しっかり起こってんだよね」 |
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「(確かに…そうなるのか…)」 |
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「だけどね、ミル」 |
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「ん……はい」 |
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「君は、警団に属することを望んだ。そして、警団に残ることを選んだ」 |
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「………」 |
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「君のそばにいるものたちが、何を望んで、何を選んだのかは、わかるね」 |
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「ん………」 |
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「………」 |
(アーウィンに目を向ける、ミル。視線が合う)
(アーウィンは、軽くうなずいて見せた)
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「…わかります」 |
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「…少し、意地悪だったか。わざわざ、確認することでもなかっただろうね」 |
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「あははぁ…。でも、大丈夫です」 |
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「エスティーンさんが意地悪なのは、まあ今に始まったことじゃないですし」 |
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「おやおや」 |
(ミルの膝の上)
(リリィがいつのまにか、小さな寝息をたてていた)
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「確かに、言われるまでもないことですけどね。
…この子たちは、私がかならず、守りぬきます」 |
(エスティーンの髪が、周囲の草木が、さらさらとなびく)
(薄い光をはなっていたそれらが、ひときわ強く、かがやいた)
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「んんん…?」 |
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「ありゃ」 |
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「おっと…。起こしてしまったか」 |
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「なんだか、まぶしかった…」 |
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「ま、起きちゃったものはしょうがないかな。おはよう、リリィ」 |
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「おはよう」 |
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「おはようー。…難しい話は、おわった?」 |
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「終わった終わった」 |
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「そうだね」 |
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「そっか。それじゃあね!」 |
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「また起き抜けだってのに、元気いいなぁ。どうしたの」 |
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「ミルのあだ名は、すごいのがいっぱいあるからいいんだけどね!
エスティーンのあだ名だけど、寝てるうちに、いいのが思いついたんだよ!」 |
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「(まだ引っ張ってたんだ…。というより…何か、嫌な予感がする)」 |
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「………」 |
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「…すごくて、しかもいっぱいあるんだ。私のあだ名」 |
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「(やばい…これはやばい…)」 |
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「発表します!エスティーンのあだ名は」 |
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「ま、待って待って!僕のはないの!?あったら、それから聞きたいよ!」 |
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「ないよ!」 |
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「ないの!?」 |
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「だから発表します!エスティーンのあだ名は『根っこ先生』!」 |
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「どうかな?可愛くていいでしょ」 |
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「(ああ…)」 |
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「…もう、ばっちりですよね」 |
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「ばっちりですね」 |
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「ばっちりだった!?」 |
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「ばっちりですよ」 |
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「ばっちりです」 |
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「ようし!それじゃあ、エスティーンのことはこれから『根っ」 |
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「ミル」 |
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「はいな」 |
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「やっちまえ」 |
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「戦闘開始ーってやつですね!!」 |
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「(ああああ…)」 |
(アーウィン、耳を塞いで、目を閉じる)
(そこまでしてもなお、ごりごりという音が聴こえてくる)
(同時に、リリィの泣き声とも、笑い声ともつかない悲鳴も聴こえてくる)
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